その1
●毛受母川(もずもがわ)の伝説 (平湯川ともいう)
この川は、縁結びの神々が往還した歴史に由来して「毛受母川」という。 大昔のこと、旧暦の神無月(10月)には全国から八百万の神々が出雲に集まり、男女の縁結びの相談をするならわしであったそうな。
信州や斐太の神々は高原郷の渓流を通 り富山湾を経て、日本海から出雲へと往還されたものやそうな。
それでこの渓流は神通 川と呼ばれることになったと。 さらにこの渓流の途中には神々にゆかりの場所があり、出雲の地に由来して「ずみ」、「ずも」のつく地名として残ったそうな。それは「あずも(東雲)」、「もずみ(茂住)」、「ねずもち(鼠餅)」、「もずも(毛受母)」、「あずみ(安曇野村)」などの地名として、今日なお使われていると。
毛受母川には、何ヶ所も温泉が湧出しており、縁結びの神々が旅の途中に湯浴みされたことから、古来「縁結びの湯」として人々に尊ばれていると。
[東山道飛州高原郷宇礼洞一重ヶ根村]
その2
●新平湯温泉の由来
大昔のこと出雲の民は、神々の導きにより各地で海辺から内陸へと東漸(とうぜん)していった。この渓谷もその往来の道筋であった。長旅に疲れた出雲の民は、垂間(たるま)の河原あたりで一日休息することにした。それで後に「一日河根」「ひとひがね」と呼ぶようになった。
そこへ突如『あきつの神(蜻蛉神)』が現れて、さかんに手招きするので、行ってみると温泉がこんこんと湧き出ていた。皆、大喜びで入浴して疲れをいやし、すっかり元気になったという。
やがてそこに小屋を建てて、通るたび毎に入浴するようになり、いつしか河根の古びた小屋の湯「古屋河根湯(ふりやがねのゆ)」とか、「縁結びの湯」と呼ぶようになった。古来より「湯の島」「屁臭(へくさ)」などという地名があり、湯量は豊富である。
円空も元禄三年に湯治におとづれて、禅通寺に一年余り逗留した。村人は古くから、温泉の薬師如来をまつり信仰を伝えている。
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